
設計最適化AIが創出する競争優位。製造業プロセスの変革
2024.12.27
株式会社Laboro.AI ソリューションデザイナ 上田知広
執行役員 マーケティング部長 和田崇
概 要
製造業のデジタル化においては、長年、ベテラン技術者の経験知が「最後の難関」とされてきました。しかし近年、強化学習やメタヒューリスティクスなど、高度な最適化技術を活用した「設計最適化AI」によって、複雑な設計に関する意思決定を計算可能なかたちで再現し、飛躍的な効率・品質改善を実現する動きが加速しています。従来、日数を要していた設計検証が最適化アルゴリズムにより数秒で完了し、ベテラン技術者の暗黙知がモデル化されることで、設計期間の短縮、コスト削減、品質の安定化、さらには差別化アイデアの創出が可能となりつつあるのです。本コラムでは、こうした「設計最適化AI」の最新動向や、そのビジネスインパクトを分かりやすく解説します。
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目 次
・デジタル化が難航した設計領域
・配電盤設計の革新
・なぜ設計のデジタル化は遅れたのか
・設計最適化のためのAI活用
・1)ルールベース
・2)数理最適化
・3)メタヒューリスティクス
・4)強化学習
・設計最適化AIがもたらすブレークスルー
・思考速度の飛躍的向上
・暗黙知の形式知化
・創造性の拡張
・設計最適化AI導入の成功のポイント
・設計プロセスの現状分析
・データ収集・整備
・人間の技能とAIの相互補完
・定量指標による継続的改善
・固有要件の特定
・設計最適化AIの開発フロー
・フェーズ①:ビジネス要件の整理
・フェーズ②:技術的検証プランの策定
・フェーズ③:プロトタイプ開発(単一問題)
・フェーズ④:実用レベルモデル開発(単一問題)
・フェーズ⑤:実用レベルモデル開発(汎化問題)
・設計最適化AIは共創的アプローチへ
デジタル化が難航した設計領域
商品企画から設計、開発、生産準備へと至るエンジニアリングチェーンは製品競争力の源泉です。その中でも、無数の候補から最適な設計案を導くことは、ベテラン技術者の経験則や直感に長年頼ってきたため、定式化が困難とされてきました。
しかし近年、強化学習、遺伝的アルゴリズム、シミュレーテッドアニーリングなどのメタヒューリスティクス系手法、並びにCSP(制約充足問題)を扱う技術が成熟し、こうした複雑なプロセスを数理モデルとして扱い、コンピュータ上で自動探索することが可能になりつつあります。
配電盤設計の革新
具体的な実践ケースの一つとして、例えば配電盤設計では、限られた3次元空間内に多数の機器を配置し、放熱・配線・保守性など複雑な制約を満たす必要があります。従来は熟練者の経験則でその「空間パズル」を解いてきたわけですが、最適化手法を用いると、JIS規格や保守要件を含めた多元的制約を数学的モデルに変換することが可能になります。

なぜ設計のデジタル化は遅れたのか
品質向上を目指せば開発リードタイムとコストが膨らみ、効率重視に寄せれば品質低下を招く――。設計現場は長らく、このジレンマに直面してきました。その一方で、人材不足やベテランの退職による技術消失が深刻化しており、若手人材が高度な知見を身に付けるには長い年月が必要です。国際競争が激化する環境において、こうした厳しい人材状況では、デジタル化に手を付ける余裕はなく、優先度を下げざるを得なかったというわけです。
こうした製造業を取り巻く課題を背景として、今、従来ある多様な最適化技術を活用しながらも先進的なアプローチによる設計最適化AIが、飛躍的進歩をもたらす技術として期待されています。
設計最適化のためのAI活用
そもそも設計最適化は「組合せ最適化」の一つとして位置付けられます。組合せ最適化とは、条件を満たす解の中で一番良いものを求める「最適化問題」の中でも、膨大な数の組合せから、条件を満たす組合せや、最も良い組合せを探索することです。設計最適化を含む、こうした複雑な条件の組合せを考えるタスクは「組合せ最適化問題」と呼ばれ、世の中の多くの領域で適用されています。
AIを活用した組合せ最適化には、考えられる諸条件の組合せをどう探索させるかのアプローチがさまざま存在し、それぞれのビジネス環境や課題の特性に応じた最適な方法を選ぶことが鍵になります。ここではAIを活用した代表的な四つのアプローチを取り上げます。
1)ルールベース
人間が事前に定めたロジックに基づいて計画を出力させる手法であり、比較的シンプルな問題で、かつ説明性(提案する組合せに至った論理が説明できること)が求められるような場合での利用が向いています。
2)数理最適化
より良い組合せをその都度、しらみ潰し的に探索して出力させる手法で、ルールベースよりも複雑性への対応力がやや高い手法です。一方、用いるデータ量に応じて計算処理時間と負荷がかかる特徴があるため、制約条件がある程度ありながらもロジックが組めるという、中程度の複雑性を持つ問題への利用が向いています。
3)メタヒューリスティクス
特定の問題に依拠せず、幅広い分野に適用できる最適化・AI手法です。都度組合せを探索するものの、現実的な時間内で質の良い組合せを探索・出力させることができることに特徴があります。
4)強化学習
「うまい組合せの方法」を自律的に身に付けたAIに、AIが考える最適な組合せを出力させるアプローチです。複雑な問題への対応力が非常に高く、計算処理時間も短く済む点にメリットがあります。ただし、シミュレータなどを含めた開発期間に時間がかかる上、説明性が低いという特徴があります。そのため、中長期的な期間で解決が必要な複雑性の高い問題、かつ説明性がそれほど求められないケースでの利用が向いています。

なお、組合せ最適化についてはこちらのコラムで詳しく解説しています。
AIを活用した組合せ最適化、カギの一つは強化学習
設計最適化AIがもたらすブレークスルー
上記のように設計最適化AIと一言で言ってもさまざまなアプローチが存在することから、その設計・開発には十分な検討が必要になり、そこには大きく三つのブレークスルーがあると考えられます。
思考速度の飛躍的向上
ます、機械学習を用いて従来の数値シミュレーションを代替する手法であるサロゲートモデル(近似モデル)や高度な最適化アルゴリズムにより、従来数日以上を要していた設計検証が数秒程度で完了することが可能になります。これによって、設計者がアイデアを頭の中で試行錯誤するように無数の仮説を短時間で検証でき、意思決定速度が劇的に向上することが見込まれます。
暗黙知の形式知化
強化学習をはじめとする機械学習技術の高度化によって、ベテラン設計者が蓄積してきた経験的ルール・制約判断軸をモデル化が可能になりつつあります。これにより、口伝的だったノウハウが再現可能なかたちで次世代に継承され、設計品質の一貫性確保と人材育成が容易になることが期待されます。
創造性の拡張
特定の問題に依存しないアプローチである最適化手法の一つであるメタヒューリスティクスの活用によって、人間には着想しにくい最適解候補を広大な探索空間から発見することが可能になり、設計者と最適化AIが対話的に解を洗練することで、新規アイデアの創出につながることが期待されています。
設計最適化AI導入の成功のポイント
設計最適化AIの効果的な導入において重要なポイントは、次の通りです。
設計プロセスの現状分析
まず現在の設計プロセスの分析です。どの工程にボトルネックが存在し、どの領域で最適化の余地があるのかを明確にする必要があります。この際、風呂敷を広げるのではなく、まずは小規模な領域から着手し成功体験を積むことがやはり重要です。
データ収集・整備
次に、データの収集と整備、つまり過去の設計データ、性能評価結果、不具合情報などを体系的に収集し、AIが学習可能な形式に整備することも重要なポイントです。設計意図や制約条件を整理し、データ基盤を確立することで、モデルの学習精度・再現性が高まります。
人間の技能とAIの相互補完
また、設計者とAIの協調も重要なポイントです。AIを「ブラックボックス」として扱うのではなく、設計者が意思決定の根拠を理解し、必要に応じて介入できる仕組みを構築することが望ましいでしょう。
またAIは熟練技術者の代替ではなく、その経験知を形式知化した、次世代の人材が活用するためのツールだと捉えることも大切な視点です。人間の創造性とAIの探索力を組合わせることで、より高次元の設計価値を創出できるようになるはずです。
定量指標による継続的改善
一度開発・導入したら終わりではなく、継続的に評価・改善を行うことはどのようなAIシステムも重要になります。時間短縮率、品質改善度、コスト削減率など定量的な評価軸を設定し、導入効果を測定・改善することで持続的に競争力を強化していく運用体制を組むことが重要です。
固有要件の特定
最後に、特に注意すべきは、汎用的なパッケージ型のAIでは対応できない企業固有の要件の特定です。例えば、特殊な製造条件や品質基準、サプライチェーンの制約条件などを、AIにどのように組み込むかを検討する必要があります。既存のパッケージ型のAIソリューションが、各企業固有の設計要件や制約条件に十分対応できていないことは少なくありません。
例えば、自動車部品メーカーでは、数万点に及ぶ部品それぞれに異なる設計制約があり、これらを統合的に最適化する必要があります。また、重工業メーカーでは、極限環境下での製品性能を考慮した設計最適化が求められ、これには高度な物理モデルとの連携が不可欠です。
このような複雑な要件に対し、市販のパッケージAIでは十分な対応が困難であることが多く、結果として導入後の運用でさまざまな制約に直面するケースがあることも事実です。

設計最適化AIの開発フロー
特に当社の「カスタムAI」のように受託開発/個別開発/オーダーメイドで設計最適化AIを開発する際には、体系的かつ段階的なアプローチが必要です。その開発プロセスは大きく五つのフェーズに分けられ、各フェーズでの確実な実行が成功の鍵となります。
フェーズ①:ビジネス要件の整理
第1のフェーズでは、ビジネス要件の整理を行います。具体的には、クライアントが直面している現状の課題を明確化し、AI活用による解決可能性を検討します。また、言語化されているビジネスルールを理解するためマニュアルなどを精読し、また関係者へのヒアリングを通じて暗黙知を含む要件を把握します。これらの情報を基に、ビジネス観点から対応すべき項目とその優先度を整理します。
フェーズ②:技術的検証プランの策定
第2のフェーズでは、技術的な検証プランを策定します。整理された要件に対して、実装方法の概要や技術的課題を検討・評価します。ビジネス視点と技術的観点の両面から優先度を調整し、リリースまでの期間を考慮した実装計画を立案します。さらに、問題を定式化し、プロトタイプ開発に向けた技術検証プランを決定します。
フェーズ③:プロトタイプ開発(単一問題)
第3のフェーズでは、プロトタイプ開発を実施します。まず、最小機能を特定し、アプローチの妥当性確認のための実装を行います。プロトタイプでは単一問題に焦点を定め、計算時間と解の品質から実装手法を策定します。この段階で、汎化モデルの開発スコープも精緻化します。
フェーズ④:実用レベルモデル開発(単一問題)
第4のフェーズでは、実用レベルモデルの開発に移行します。プロトタイプに対して制約条件を実装し、単一問題ごとに学習と性能評価を行います。必要に応じて制約条件のビジネス解釈や技術的対応を見直し、目的関数を更新します。
フェーズ⑤:実用レベルモデル開発(汎化問題)
第5の最終フェーズでは、汎化問題への対応を行います。前フェーズの結果をもとに汎化モデルの開発スコープを確定し、機械的に正解データを生成します。この段階では、単一のモデルで複数問題に対応できる汎化性能の確保が重要となります。
このように段階的なアプローチを採用することで、リスクを最小限に抑えながら、確実な成果を積み上げることが可能となります。特に、開発プロセス全体を通じて、社内外との密接なコミュニケーションを維持し、要件の変化や新たな課題にも柔軟に対応できる体制を整えることが重要です。

設計最適化AIは共創的アプローチへ
将来的に設計最適化AIは、人間の設計者が定義する制約・目標に対して、AIが多数の解候補を瞬時に提示し、また設計者が最適なアイデアを選択・拡張するという「共創的」なプロセスが主流になると考えられます。こうしたプロセスはGenerative Designなど新興手法との組合せによって発想の幅がさらに広がることもあるでしょうし、より革新的な製品開発・製品設計に向けた試行錯誤が続けられていくはずです。
その中核となるのが、「デジタルツインを活用したアジャイル設計プロセス」の実現です。具体的には、設計者がアイデアを入力すると、AIが瞬時に実現可能性を評価し、最適な設計案を提示するといったように、設計、シミュレーション、プロトタイピング、評価のサイクルが、AIによって大幅に加速・最適化され、製造条件や市場要求の変化にも柔軟に対応し、リアルタイムで設計を最適化することが可能になるような世界観です。
こう考えると、確かに、現状の設計最適化AIの実力は業務効率化ツールの域を出ませんが、本来的には競争優位をもたらす経営戦略上の武器として位置付けるべきです。短縮された開発期間とコスト削減、品質の安定化をベースとした新規アイデア創出による製品差別化など、より長期的かつ多面的なメリット創出を模索していくことが、ビジネス成長の鍵になることは間違いありません。
こうした、いわば「競争のための設計最適化AI」を実現するためには、既存の設計ルールや社内の品質基準をAIモデルに組み込む必要があるでしょう。さらには、設計データの蓄積と活用の仕組みも各企業の業務フローに合わせて最適化する必要もあり、企業固有の要件に合わせたAIシステムの構築が不可欠になります。当然、ここまで来るとパッケージ型AIではとても対応できず、受託開発による柔軟なカスタマイズに基づいたAI導入が価値を発揮します。
今こそ、自社環境に適した最適化技術を段階的に導入し、AIと人間の共創関係を築くことで、厳しい国際競争下での持続的な成長と競争優位の実現に向けて動き出すべき時です。
まずは次なる第一歩として、当社のようなビジネス視点も保有した専門AIベンダーの活用や社内PoC(概念実証)プロジェクトの立ち上げを検討し、これらの技術がもたらす実利を自社で体感してみてはいかがでしょうか。
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執筆者
ソリューションデザイン部 ソリューションデザイナ 上田知広
東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。大手インフラ企業にて、電力事業にかかわるシステム企画・導入やデータ分析などに従事。その後、大手総合系コンサルティング会社の戦略部門にて、SI・リース・コールセンターなど幅広い業種のクライアントに対し、新規事業・経営管理・営業戦略などの構想策定を支援。2020年、Laboro.AIへ参画。
執行役員 マーケティング部長 和田 崇
立教大学大学院経営学修士(マーケティング論・消費者行動論)。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科博士後期課程中退。KDDI株式会社に入社、コンシューマ向け商品・サービスのクロスメディアによるプロモーション施策の立案・企画運営に携わったのち、全国漁業協同組合連合会を経て、2019年にLaboro.AIに参画。マーケティング/ブランディング業務に従事する傍ら、NewsPicksプロピッカーとして活動するほか、日経クロストレンドなどメディア寄稿多数。



