
感情分析の研究動向
【連載】自然言語処理の研究動向 第5回
2025.9.29
株式会社Laboro.AI リードMLリサーチャー 趙 心怡
リードマーケター 熊谷勇一
概 要
自然言語処理における感情分析(Sentiment Analysis)は、ABSA(Aspect-Based Sentiment Analysis、アスペクトベース感情分析)を用いることで、従来では捉えきれない具体的な長所や短所を、製品・サービスのユーザーのフィードバックから明らかにできます。これにより、より賢明な意思決定ができる強固な土台が築かれます。ABSAは自然言語処理の進化とともに発展し続けていて、より明確で実行可能な顧客インサイトを求める企業にとって、着実に実用的なツールとなりつつあります。本コラムでは、ABSAの主要な技術的進歩と今後の展望について述べ、これらの発展が企業・団体にもたらし得る具体的な価値を考察します。
連載第1回「自然言語処理の研究動向 全40トピックの俯瞰」はこちら。
連載第2回「ニューラル機械翻訳の研究動向」はこちら。
連載第3回「テキスト要約の研究動向」はこちら。
連載第4回「質問応答」はこちら。

目 次
・感情分析とは
・主要な技術的進歩
・今後の展望と課題
・暗黙的な感情や微妙な表現
・ABSAにおけるLLMの推奨される方法
感情分析とは
感情分析は、人々が製品・サービス、ブランドに対して抱いている感情をテキストデータを通じて理解するための重要なタスクです。レビューやアンケート、ソーシャルメディアの投稿から意見を自動で抽出することで、世間の認識を広く把握する上で貴重な洞察を得られます。この能力はマーケティング、カスタマーサポート、製品・サービス開発といった分野でますます重要になっています。これらの領域では、ユーザーの感情を明確に把握することが、意思決定に大いに役立つためです。
従来の感情分析では、文書全体に対して肯定的、否定的、中立的といった単一のラベルを割り当てていました。しかし実際には、ユーザーが一つのテキスト内で複数の異なる意見を述べることは珍しくありません。例えば、あるレビューでは製品の品質を賞賛する一方で、価格や配送時間は非難していることがあります。そうした場合、単一のラベルを割り当てるという粗い分析手法では、重要なニュアンスを見落としてしまいます。
こうした課題を解決するのがABSAです。ABSAではフィードバックを特定の(評価対象となる要素)ごとに分解し、それぞれに対して示された感情を判定します。その結果、顧客の感じ方をより明確に捉えられ、その情報を実際の施策に生かしやすくなります。それにより、製品・サービスの強みを正確に把握し、逆に欠点も見つけ出し、改善策に優先順位を付けられるようになります。
主要な技術的進歩
ABSAの発展は、初期のニューラルネットワークからTransformerモデル、そして近年では大規模言語モデル(LLM)へと推移してきました。最初の大きな飛躍として、Tang et al. (2016)によるLSTMの導入やChen et al. (2017)による再帰型アテンションネットワーク(Recurrent Attention Network)の提案が挙げられます。これらのモデルは、与えられたアスペクトに対して文のどの部分が最も関連するかを学習します。これにより、それまで人手で特徴量を設計していたABSA手法と比べて、分析精度が大きく向上しました。
第2の波はBERT(Bidirectional Encoder Representations from Transformers、Transformerによる双方向のエンコード表現)などのTransformerモデルの登場です。これらのモデルは文全体を文脈として扱うため、文の構造が複雑でも、微妙な感情の兆候を捉えることが可能になりました。この時期の重要なマイルストーンとして、BERTの文脈理解と構文グラフから得られる文法情報を組み合わせたハイブリッドモデルASGCN-BERTの開発があります。構造とセマンティクス(意味)を組み合わせることにより、システムは意見を表す単語とそれが指すアスペクトをより的確に結び付けられるようになり、特に専門性の高い領域でその効果が顕著でした。
そして近年では、LLMの登場により、新たにタスク専用のモデルを訓練しなくてもABSAを適用しやすくなっています。とはいえ、LLMは柔軟性と使いやすさに優れる一方で、特定の明確に定義されたABSAタスクにおける精度では、Hasan et al.(2024)やSmid et al.(2024)が指摘しているように、ファインチューニング(微調整)されたTransformerモデルにしばしば劣ります。
ABSAが進化する中で、現実世界の感情には、アスペクトと感情の単純なペアを超えた複雑な関係が含まれることが認識されてきました。例えば「画面は素晴らしいがバッテリーはすぐに切れる」というレビューには複数のアスペクト(画面、バッテリー)と、それぞれに対応する意見表現(「素晴らしい」「すぐに切れる」)およびセンチメント(肯定的、否定的)が含まれています。例えば、このニュアンスを捉えることができるかどうかを評価するために、より高度なタスクが提案されています。例えば、Peng et al.(2020)による Aspect–Sentiment–Opinion Triplet Extraction(ASTE:側面・感情・意見の三つ組抽出)、Zhang et al.(2021)による Aspect Sentiment Quad Prediction(ASQP:側面感情四要素予測)、そしてCai et al.(2021)による Aspect–Category–Opinion–Sentiment Quadruple Prediction(ACOS:側面・カテゴリ・意見・感情の四つ組予測) です。
逐次的なパイプラインを用いて三つ組や四つ組を組み立てると誤りが蓄積しやすいため、最近の研究では、一度の処理で全要素を直接抽出するエンドツーエンド型モデルへとシフトしています。三つ組抽出(Triplet Extraction) ではXu et al.(2020)、Zhang et al.(2020)、Xu et al.(2021)が、四つ組抽出(Quadruple Extraction) ではCai et al.(2021)と Hu et al.(2022) がその例です。
こうした詳細な抽出により、ユーザーからのフィードバックをより深く洞察し、特定のアスペクトに対する感情だけでなく、その裏付けとなる理由までも把握できるようになります。
今後の展望と課題
暗黙的な感情や微妙な表現
ABSAに根強く残る課題の一つに、「暗黙のアスペクト」に対する感情の検出があります。アスペクトが明示的に言及されていない場合や、感情が皮肉、否定、慣用句などで表現される場合にこの問題が生じます。例えば「値段が高すぎる」といえば価格について否定的な評価を暗に示しています。「悪くない」は否定形ですが実際には肯定的な意味で使われることがあります。また「使い捨てにちょうどいい」といった表現は皮肉の可能性があり、その場合は「すぐに壊れてしまった」という意味になります。
この課題に対する研究からは、いくつか有望な方向性が示されています。Cui et al. (2023)は、文書全体の一貫性を捉え、明示的に書かれた文から手がかりを抽出することで、アスペクトが暗黙的な場合でも性能を向上できることを示しています。Zhu et al. (2024)の研究では、表面上の極性を逆転させることの多い皮肉に対して、ABSAのパイプライン上に専用の処理層を追加する必要があることが示唆されています。Fei et al. (2023)は、LLMに思考の連鎖(chain-of-thought)を促すプロンプトを用いて、暗黙のアスペクト、意見、感情を段階的に特定させています。その結果、教師ありでもゼロショット設定でも、より良好な結果が得られています。
ABSAにおけるLLMの推奨される方法
LLMの登場によりABSAには新たな可能性が開けました。しかし流暢な文章を生成できるというLLMの強みが、信頼性の高い構造化された分析結果にそのまま結び付くとは限りません。ABSAではアスペクト、意見、感情の極性(肯定的、否定的、中立的といった方向性を示すもの)といった明確に定義された要素を抽出する必要があります。しかし追加の指示がない状態ではLLMはこれらの項目の一部を見落としたり、出力に矛盾が生じたり、表面的な手がかりに過度に依存してしまったりしがちです。
近年の研究では、LLMをABSAでより確実に活用するためのいくつかの手法が示されています。Scaria et al. (2024)は、ABSAに特化した例でモデルをインストラクションチューニング(※1)することで、さまざまなタスクにおいて一貫した性能向上が得られることを示しています。Kim et al. (2024)の研究では、感情を判定する前にモデルに中間的な推論過程を示させ、その後に自己整合性チェックを行うことで、精度が向上するだけでなく結果の解釈もしやすくなることが示されました。一方、Bai et al. (2024)は、汎用のLLMはプロンプトで出力形式や回答範囲に制約を設けたり出力に後処理を施したりしても、教師ありで訓練された最先端モデルの性能には及ばないと報告しています。
これらの知見により、LLMのインコンテキスト学習(※2)だけに頼るのではなく、段階的に指示を与えるプロンプト設計や、対象領域に応じた軽い追加学習といった、LLMを補助する枠組みが必要であることが明らかになっています。
※1 指示と応答のデータでモデルを再学習し、人間の指示に従って動作する能力を強化する学習手法。
※2 LLMが追加の学習やパラメータ更新を行わずに、入力時に与えられた例や指示を文脈として利用し、その場で新しいタスクに対応すること。
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執筆者
エンジニアリング部 リードMLリサーチャー 趙 心怡
自然言語処理、機械学習、ナレッジグラフを中心とした研究に従事。これまで複数のオープンソースのデータセットとモデルの構築に貢献してきた。最近の研究ではLLMの実社会への応用を探求し、学術研究と実際のユースケースの橋渡しに情熱を注いでいる。
訳者
マーケティング部 リードマーケター 熊谷勇一
中央大学文学部卒業、北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程修了。日本経済新聞社などメディア企業で16年、雑誌、書籍、ウェブサイト、動画などの編集・執筆を手掛けた後、2022年からLaboro.AIに参画。
