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複雑な思考はAIに任せ、人がすべきは「さまよう思考」

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複雑な思考はAIに任せ、人がすべきは「さまよう思考」

2025.3.8
監 修
株式会社Laboro.AI 執行役員 マーケティング部長 和田 崇

概 要

「一瞬で答えなくてもいいから、複雑な問題も解いてくれたら…」そう思っていたのも束の間、これまで検索エンジンの延長のようだった生成AIが急速に進化し、より複雑かつ慎重に質問に答えるモデルが次々と発表されています。人間が難しいことを考えるのに時間をかけるように、この推論型の生成AIも時間を必要としますが、それでも人間よりは早く、その精度は向上今後もしていくと見込まれています。

では、AIが人間の情報処理を上回っていく中、果たして人間に考える意味は残されているのでしょうか。そもそも人間の「考える」という状態については、その覚醒時間の半分をただ”さまよっている”ことが言われていて、この「さまよう思考」の創造性こそが、新たな機会を開くドアになると示唆されています。そこで今回は、複雑な思考をAIに任せられるようになった今、人間の「さまよう思考」にこそ意味があるのではないかという問いを投げかけてみたいと思います。

目 次

慎重な分析も可能なハイブリッドAI
 ・直感型の生成AIが「AI」だった時代は終わる
 ・人間だけのコンサルティングでは遅すぎる
「さまよう思考」には意味がある
 ・起きている時間の半分をさまよっている
 ・思考がさまようのは「精神的探索」
遠い関係性のものを結びつけると気分が良くなる
 ・近いものを見つけるのが得意な生成AI
 ・人は遠くへつながる言葉に惹かれる
 ・創造性と意味的な距離の関係
さまよう思考は「自己生成」状態
 ・選択肢を増やし、チャンスを呼び込む
 ・偶然が生んだ「探究」が創造につながる
さまよう思考のデフォルトは「創造的思考」
 ・ストレスが少ないほど遠くへ飛べる
 ・集中していると重要な情報を見逃す
人間は脳の宇宙で旅をする

慎重な分析も可能なハイブリッドAI

直感型の生成AIが「AI」だった時代は終わる

ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマン氏は、その画期的な著書『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』で、人間の2つの思考モードを提唱しました。

システム 1(速い思考)
直感的で自動的。パターン認識など。ほとんど努力を必要とせず、自発的な制御の感覚もなく、素早く動作する。

システム 2(遅い思考)
熟考的で分析的。計画や推論など。より複雑で、多くの努力を必要とし、応答に時間がかかる。

この2つの思考モードで言うと、瞬時にパッと回答する従来のLLM(大規模言語モデル)は、システム1の思考に類似していると考えられます。

著書の中でカーネマンは「システム1はだまされやすく、信じたがるバイアスを備えている」と述べていましたが、一瞬で答えを出す生成AIも同様、学習データから得られる論理的根拠がない場合に、系統的なバイアス(偏見)やハルシネーション(幻覚)が生じ、正確ではない回答をすることが指摘されてきました。

しかし生成AI革命から2年が経った今、ChatGPT o1・o3のような、問題を体系的に分解して推論するリーズニングモデル、つまりシステム 2のプロセスを模倣する生成AIサービスが次々と発表され、人々の期待は直感的な思考・熟考的な思考の両方が可能なハイブリッドAIへと向けられています。

人間だけのコンサルティングでは遅すぎる

つまり、これまではどんな質問でも一瞬で答えを反射的に出力していた生成AIが、まるで人間のように考え、推論するようになっているのです。しかも、その時間は今後さらに短縮され、人間が何日も時間をかけて考える必要性が減っていくことは間違いありません。

若者に人気のコンサルティングの分野でも、生成AIにビジネス戦略の立案が任せられるようになっていくのではないかと真実味を持って議論されています。実際、アメリカでコンサルティングの講座を受講する学生は、従来であれば到達するまでに数週間かかっていた課題を、生成AIを用いてある程度出来上がったフレームワークと過去の事例などを組み合わせることで、たった1回の授業の中で全て作り上げられるようになっているそうです

簡単なことから難しいことまで、生成AIが速度と複雑さの両方で人間の情報処理を上回っていく中、私たちは「果たして人間に考える意味があるのかどうか」という本質的な疑問を感じずにはいられなくなります。

「さまよう思考」には意味がある

起きている時間の半分をさまよっている

人間の脳は高速モードと低速モードの思考のバランスをとるように進化を遂げましたが、かといって私たちがいつも何かを考え、必死に頭を回転させているかと言うとそうではなく、かなりの時間、“放浪している”のだそうです。

人間の思考は覚醒時の30%〜50%の時間をさまよっているいうことが数々の研究でわかっていて、脳が休んでいるか、注意を払わなくなると、すぐに脳にとって好ましい状態であるこの漂流モードに自動で切り替わるということです

電力に換算するとわずか20ワットという小さな電球程度のエネルギーで動作する脳ですが、デフォルトで活発に、そして起きている時間のおよそ半分を放浪にエネルギーを使っているため、この「さまよう思考」にはそれなりに建設的な意味があると考えられるようになっています

低速と高速の思考モードを生成AIに任せられつつある今、人間に残されたより優れた思考モードがあるとすれば、それはこのさまよう思考ではないかと思えてくるのです。

思考がさまようのは「精神的探索」

マインドフルネスなどで瞑想を試してみてうまくいかなかった経験はないでしょうか。残念ながら、私たちの思考が静止していることはほとんどありません。いまこの瞬間への意識や集中力を高めるマインドフルネスと対照的に、さまよう思考はマインド・ワンダリングと呼ばれ、現在の瞬間から意識が離れた時に思考はさまよい、過去や未来へと精神的探索を行います

目標のない放浪者のように思考の網をさまよい、私たちがコントロールすることはほぼ不可能。さまよう思考には連想、空想、創造的思考、内省、うつ病などによる反芻などが含まれ、例えば嫌なことを繰り返し思い返してしまう時などは、無意識に狭い範囲をぐるぐると徘徊しているのだそうです

「またぼーっとして」などと注意される子供を見かけることがありますが、年齢が低いほど、こうした思考や心はより開放的であるとされています。狭い範囲でさまようより、空想せずにはいられなかった子どもの頃のように「思考の網をより遠くへとジャンプする」とき、その思考は良い方向に働くということがわかってきています。

遠い関係性のものを結びつけると気分が良くなる

近いものを見つけるのが得意な生成AI

実際、人は気分が良い時の方がより関連性が低いもの同士をつなげるクリエイティブな思考をする傾向があるそうです。その逆も然りで、関連する単語を複数見せられたとき、近い言葉同士よりも、より遠くに連鎖する単語を見せた方が人間は気分が良くなることが言われています

そこで、3種類の主要な生成AIツールに「夏」に関連する単語を10個リストアップするよう投げかけてみると、回答はそれぞれ以下のようになりました。

「夏」に関連する単語を10個リストアップして下さい。

ChatGPT(o3 mini high)の回答:
海、花火、暑さ、蝉、スイカ、祭り、浴衣、入道雲、避暑、青空

Claude(3.7 Sonnet)の回答:
海水浴、花火、浴衣、扇子、、夏祭り、スイカ、蚊取り線香、かき氷、風鈴、セミ

Gemini(2.0 Flash Thinking Experimental)の回答:
海、プール、花火、お祭り、バーベキュー、スイカ、アイスクリーム、麦茶、入道雲、夏休み

より現実的で一般的、そして狭い範囲の同じような言葉が抽出されていることがわかります。一方、人間が自由に夏を連想する場合には、過去の引き出しの中からその人だけの夏の思い出が蘇ることが多いはずです。

人は遠くへつながる言葉に惹かれる

“夏がくれば思い出す”という歌い出しで知られる『夏の思い出』という歌があります。

「尾瀬、霧、野の小径、水芭蕉の花、シャクナゲ色、遠い空」というように作詞家の描く夏がそこにあり、生成AIが打ち出した夏の言葉と比べると遠く離れています。

広く日本で親しまれてきたこの歌は、戦後の復興の始まりの頃に作詞を依頼された詩人の江間章子が、戦時中に食料を求めて尾瀬の入り口にある片品村を訪れた際に出会った、一面に咲く美しい水芭蕉を歌にしたのだそうです。岩手めんこいテレビの番組に出演された際にご本人も「私的な思いの歌」と話しており、作詞家の感覚や記憶が軸になっていることがわかります。

この歌の夏は生成AIが出力したリストのような定番の夏のイメージとは遠く離れていますが、この歌を聴くと不思議と溢れる感情に満たされるような気持ちになるのは、私たちの思考が遠くへとジャンプすることを促しているからなのかもしれません。

創造性と意味的な距離の関係

新しいアイデアは従来のアイデアと関係性をもちながらも「離れる」ほどより創造的である可能性が高くなることから、創造性に関するリサーチでは意味的な距離を測ることが行われています。そこで、この意味的な距離を出来る限り広げて単語を連想するよう再び生成AIツールに指示すると、次のような出力になりました。

出来る限り意味的距離が離れた「夏」に関連する単語を10個リストアップして下さい。

ChatGPT(o3 mini high)の回答:
キャンプ、水風船、日傘、ひまわり、蚊取り線香、夕立、盆踊り、スイカ割り、ヨット、冷やし中華

Claude(3.7 Sonnet)の回答:
蝉時雨、冷房病、流星群、土用の丑の日、夏枯れ、残暑見舞い、フィルター、光化学スモッグ、熱帯夜、日焼け止め

Gemini(2.0 Flash Thinking Experimental)の回答:
炎暑、晩夏、雷雨、忍耐、憂鬱、夏枯れ、内省、儚さ、倦怠感、停滞

どの生成AIも先ほどよりは創造性を感じられるような変化を見せましたが、まだ『夏の思い出』の歌詞と比べると創造的とは言いがたい気がします。それはおそらく『夏の思い出』の歌詞がきわめてユニークな個人的体験に基づいているからです。尾瀬の水芭蕉の開花時期は5月〜6月で、題名につけられた「夏」という季節は、一般的に想像される季節とはそもそも違い、作者の思い出の中にある「夏」であることと無関係ではありません。

それで良いのか、それで美しいと感じられるのか、その判断は私たちの感受性によるところが大きいようです。事実、10万人規模の大規模なデータを用いてLLM(大規模言語モデル)の創造性と人間の発散的思考について詳細に比較検討した研究論文では、人間がAIよりも広く複雑なアイデアを結びつけられる場合、人間が所与のルールに厳密に従っていない可能性が指摘されています。

さまよう思考は「自己生成」状態

選択肢を増やし、チャンスを呼び込む

生成AIに聞けばなんでも答えが返ってきて、「考えること=答えを出させること」のようにも感じられる状況になりつつもあります。そんな時代における人間らしい思考とは、既存のルールに縛られることなく、日常の半分の時間を精神世界でさまよいながら、今その場に存在しない人、場所、または出来事について思いを巡らす能力にあるのかもしれません。

認知リソースを「今ここ」から切り離してさまよっているとき、脳は基本的に情報を受け取って処理するのではなく、作り上げていることがわかっています。実際の経験と同じように情報を作り上げて記憶するため、研究者はこれを脳の「自己生成」状態と分類しています

思考がさまざまな方向にさまようと、より多くの点が結び付き、より多様な選択肢が顕在化され、新しい「もしも」が描き出されます。新しく描き出された情報の蓄積が新しい機会を開く、こうした探求的な役割を持っていることからも、さまよう思考は「目的のある放浪者のパズル」とも呼ばれています

偶然が生んだ「探究」が創造につながる

さまよう思考が持つ探究的な役割によって、未来へ大きな影響を与える気づきが得られることは過去にも証明されています。例えば、りんごが木から落ちる様子を見て「万有引力の法則」を発見したニュートンも、そのさまよう思考から生まれた発想が「近代科学の父 ニュートン」と呼ばれる所以になったといっても過言ではありません。

貧しかったニュートンは、学費免除のために様々な雑用を引き受けながら大学で数学や天文学の勉強に勤しんでいました。夢中になって日々を過ごし数年が過ぎた頃、ペストという恐ろしい感染症で大学が休校になりました。

そこで故郷に戻ったニュートンは、それまでに書き留めておいたことや頭に浮かんでいた疑問などに思いを巡らすようになったそうです。そんなある日、家の庭で木からりんごが落ちるのを見たニュートンはふと「りんごは落ちてくるのに月が落ちてこないのはなぜだろう?」と考え、それが万有引力の法則を発見するきっかけになりました。

もし当時ニュートンが大学で目の前の勉強と雑用をこなす現実をそのまま過ごしていたら、“落ちるりんご”と“落ちない月”を結びつけて考えることはあったでしょうか。ニュートンはこの故郷での時間の中で他にも、惑星の運動の法則や新しい望遠鏡の仕組み、光が7色に分けられることなど、実に様々な発見をし、ペストによる休校を「創造的な休暇」と呼んだそうです

さまよう思考のデフォルトは「創造的思考」

ストレスが少ないほど遠くへ飛べる

「あんなこと言わなければよかった」と解決できない問題にこだわるなど、さまよう思考については悪いイメージも伴います。過去に囚われたり、未来を憂いたりするのではなく「今ここ」に集中するマインドフルネスが対策として有効なのはそういった理由もあるでしょう。

実際にさまよう思考はうつ病と関連する部分もありますが、ストレスが少ないほど、私たちの思考はより遠くまでさまよい、良い感情を生み出すことが実験結果によって示唆されています。

ある実験では、被験者に自由に連想する課題を与え、同時にさまざまな難易度の認知課題を実施させました。例えば、7桁の数字を暗記するように言われた被験者はより予測可能な反応を示した一方で、暗記が2桁の数字だった被験者はより創造的な反応をする結果になったそうです

これにより、難しい問題などの大きな認知的な要求がない場合、創造的思考は人間の「デフォルト設定」であることが示唆されます。

 集中していると重要な情報を見逃す

また、思考がさまよい始めたときの脳波を測った実験では、参加者の前頭葉に強いアルファ波が見られたそうです。アルファ波は睡眠の初期に現れる低速の脳波で、リラックス状態と関連しています。トピックからトピックへ自由に移動する思考の状態においては、集中力と計画力を司る前頭葉はリラックス状態になり、アルファ波の活動が増加します。これは、創造的なアイデアの生成に関連するパターンに見られます。

こうしたことから、この実験に携わり、マインド・ワンダリングの心理的および哲学的基礎を研究しているザカリー・アーヴィング氏は次のように言います

「常に目標に集中していると、重要な情報を見逃してしまう可能性があります」

人間は脳の宇宙で旅をする

AIによって人間の幸せが増大するのかどうかという議論は飽きることなく行われています。生成AIが人間の高速モードや低速モードの思考を補うことができるなら、人間が問題を抱えるストレスは減り、その思考はデフォルトモードで自由にさまようようになるはずです。すると人間はより関係性の遠いものを結びつけ、創造性を高め、機会を開き、新たな豊かさを得る経験につながることが期待できます。

人間の脳は宇宙と類似性があることが宇宙学と神経外科学の観点から裏付けられつつありますが、そもそも人生において答えが保証されていることは多くはないのですから、いっそ答えを求めて一生懸命に考えることはAIに任せ、私たちはふわふわと脳の宇宙を放浪してみる方が、実はより創造的な方向へと導かれて行くのかもしれません。

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