【共同検証事例インタビュー】
AIシミュレーション調査で、リサーチャーがより輝ける未来へ
ローソン ナレッジアンドインサイト(K&I)が語る、意思決定におけるデータ活用と科学的な消費者リサーチの最前線
概 要
コンビニエンスストア業界において全社の消費者リサーチを統括する株式会社ローソン ナレッジアンドインサイト(K&I)。同チームのシニアマネジャー 田中 友紀さまに、年間数千点の新商品が上市されるコンビニ業界で年間200件以上の定量・定性調査を少人数で回す体制づくり、商品開発における科学的な意思決定プロセス、そして「未来リサーチ」を用いたAIシミュレーション調査の検証まで幅広くうかがいました。「AIを活用したリサーチでリサーチャーはもっと輝けるようになる」──AI時代の次世代リサーチと企業内リサーチャーの役割を読み解いていきます。
このインタビューで学べること
✓ ローソンで「科学的な商品開発ゲート管理」がどのように整備されてきたか
✓ インターネットリサーチ黎明期と重なるAIリサーチの現在地──過去の知見から見える浸透シナリオ
✓ 「未来リサーチ」を用いたAIシミュレーション調査検証プログラムの実証結果と、AI時代におけるリサーチャーの未来
1. K&Iのミッションとコンビニ業界の特性
コロナを機に社会環境やお客様の価値観が変化する中、データドリブンな意思決定・マーケティングの重要性が高まりました。そこで誕生したのが、ローソンCS推進室内の「Knowledge & Insight(K&I)」チームです。
Q|田中さまのご経歴と、K&Iがどのようなミッションを担われているチームかをお伺いさせてください。
A|マーケティングリサーチの会社でFMCG(日用消費財)クライアントのリサーチャー・アナリストを長く務めてきました。その後メーカー勤務を経て、ローソンに入社というキャリアで、ずっとマーケティングに携わっています。
私が所属するK&IはCS推進室の中にある組織で、コンタクトセンターや調査をはじめ、「お客さまの声を聞く」「お客さまの声を全社の意思決定に活用する」ために集められた組織です。
CS推進室の発足自体は2022年で、コロナを機に社会環境やお客さまの価値観が変わりゆく中、アフターコロナを見据えた店舗の在り方を模索・構築していく上で、お客さま理解・データドリブンな意思決定が必要になったという背景があります。
私が入社した時は、K&Iのメンバーは全員社外からの転職者で、一度はリサーチ会社を経験した人たちで構成されていました。今でもその専門性はお客さまの声を聞くために必要とされています。適切にお客さまの声を聞き、その声を最適な意思決定に生かしてもらうことが基本的な役割です。調査結果やデータは検証だけではなく戦略立案、つまりプランの段階から活用していく必要がありますが、K&Iも戦略立案の中心部分で調査結果やデータを使う・分析する役割を担っています。
Profile
田中 友紀 (たなか ゆき) さま
ローソン CS推進室 Knowledge & Insight シニアマネジャー
2021年ローソン入社。社長直轄の組織として、全社のお客さま理解・ファクトベースの意思決定を推進。前職は大塚製薬ニュートラシューティカルズ事業部でマーケティングを支援。キャリアの始まりは調査会社インテージでFMCGクライアントを担当。日本コカ・コーラにアカウントマネジャーとしてオンサイトし、グローバルのマーケティングを学ぶ。法政大学小川孔輔ゼミナール21期生代表。
2. 「調べて終わり」からの脱却──科学的意思決定プロセスの構築
年間数千点の新商品が上市されるコンビニ業界では、売れ続ける商品の開発が求められます。ローソンでは2021年頃から、C/Pテスト(※)による「ゲート管理」を軸とした科学的な商品開発プロセスを整備してきました。
(※)Concept & Performance Test。新商品開発において、商品の受容性の確認と問題点の洗い出しを目的に、商品のコンセプト(概念)とパフォーマンス(実際に使用した際の評価)を総合的に評価する調査。コンセプト提示による反応調査であるコンセプトテストと、試作品の使用評価による調査であるパフォーマンステストで構成される。
Q|コンビニエンスストア業界の「お客さま視点かつ科学的な意思決定」を実現するために、商品開発ではどのような調査および意思決定への活用をされているか教えてください。
A|商品開発プロセスには調査ゲートが2つ設けられています。いわゆるC/Pテストと言われるものです。いずれもお客さまに定量調査を行い、定められた基準をクリアしない限り、商品化や発売には進めない運用になっています。
こうしたゲートを通ってから次に進むという仕組みも、ここ3年くらいで作ってきたものです。この仕組み化の背景としては、調査結果やデータを色々な場面で使ってもらうようになったという変化が大きいと思っています。過去の経験や勘で決めていたことも、お客さまの声を聞いて決めるようになり、データ活用は当たり前という変化が起きました。
かつては新規出店と言えば道路に立って人流をずっと目視する交通量調査のようなことをしていましたが、携帯の位置情報データなどを活用できるようになりました。かなり確からしいデータが集まるようになって、意思決定に使われているということです。商品開発においても、売れる・売れ続ける商品を出しお客さまの期待に応えるために、お客さまの声を活用すべきです。そこで、しっかりしたプロセスを組み、そのプロセスに沿って商品を開発する意識が生まれ、商品開発フローが整備されたという経緯があります。
Q|全社の調査をとりまとめられているK&Iでは、年間でどの程度の調査を行っていますか。また1つの調査にかかるおおよその期間を教えてください。
A|いわゆる型が決まっているスタンダードリサーチが200件くらい、アドホック(※)が50件くらいだと思います。スタンダードリサーチは仕組み化されているので、企画からアウトプットまで1ヶ月、アドホックも1.5〜2か月くらいで完了します。
ブランド調査やキャンペーン調査などの依頼も、各部門から寄せられます。K&Iのメンバーはジュニア含めて6人ですから、調査会社さんにかなり支えてもらっています。とはいえ、この人数で対応する案件としては相当な数だと思います。
(※)特定の目的や課題解決のために、その都度オーダーメイドで設計・実施される単発の市場調査(スポット調査)。
Q|ローソン様において「お客さま視点かつ科学的な意思決定」の広がりを感じられるエピソードを教えてください。
A|意思決定の場で「お客さまの意見を聞いたか」という話になり、K&Iに調査の相談が来ることがあります。決めるところまできても、もう一度お客さまの声に戻ってくる。トップから現場まで、全員がお客さまの声を聞くことをとても大事にしています。
また、「調査やデータといえばK&Iに相談する」という流れが浸透したことも、科学的な意思決定をサポートしていると考えています。セルフアンケートなど設計が曖昧な調査でも、何らかの結果・数字は出てしまうので、調査・分析を専門的に担うK&Iがいることの価値はとても大きいと思います。調査結果から判断して「進めるべき」という後押しだけでなく、「それは止めたほうがいい」といった助言をすることもあります。
3. AIリサーチへの興味・印象──インターネットリサーチ時代との類似点
iモード黎明期にキャリアをスタートさせ、マーケティングリサーチが「紙」から「インターネット」へ移行する時代を当事者として経験した田中さま。その知見が、AIリサーチへの向き合い方にも活きています。
Q|ここからは、「リサーチとAI」についてうかがっていきます。まず、田中さまがAIに興味を持たれたきっかけを教えてください。
A|新しい領域への個人的な関心と、K&Iのミッションである人間の本能や生活の研究の一環としてAIを捉えたことがきっかけでした。AIの登場は、インターネットが出てきた時と同じように、生活の変化や価値観の変化をもたらすと思っていました。
K&Iの担当領域には「人間やその本能を研究する」ということも含まれていて、お客さまが何を考えているか、何が流行でそれはなぜなのかを考えていく中で、AIもビジネストレンドの中に出てきました。新しい技術のひとつとして"まずは使ってみた"のが最初です。
私自身、iモードが出てきた時に社会人になった世代です。Windows 95が出た時は大学生でした。そういうタイミングで社会人生活を送ってきたことで、インターネットが出てきた時の感覚に近いものとしてAIを見ていたのかもしれません。
Q|K&Iでのご経験、以前の調査会社でのご経験を踏まえて、AIリサーチに対して当初どのような印象や期待を持たれていましたか。
A|実際に各社のツールやモデルを触ってみて、かなり早い段階で評価系の調査はAIリサーチで十分に対応が可能だと思いました。
ただ正直、当初から確信があったわけではありません。2023年9月頃の印象では、AIモデルの学習量も性能も今ほどではなく、入力するプロンプトによってアウトプットは大きく影響を受けることが分かりました。つまりリサーチや商品開発をよく知らないエンジニアが書いたプロンプトで、コンセプト評価などのAIリサーチを行っても、確からしい結果は得られないということです。それらしいアウトプットは出てきますが、何か変な印象を受けるというか確証が持てない。マーケティングに関連するAI活用のプロンプト開発を、マーケティングの知識がないエンジニアにそのまま依頼をするだけでは、適切なプロンプトを開発することは難しいのだと理解しました。そこから、私自身がマーケティングとAIをつなぎ、エンジニアやツールがよいパフォーマンスを出すために伝える技術、AIの仕組みや起源、認知科学との関連などを勉強しました。
Q|AI時代の前に、インターネットリサーチが出てきた頃と、今回のAIリサーチに重なるところがあるかお伺いさせてください。
A|重なるところはあります。最初は誰もインターネット調査から出てくるアウトプットが正しいのかわからなかったという点で、まさにAIリサーチも同じ歴史をたどっていると思います。インターネット調査が出てきたころの、この結果はどの程度信用できるのか、紙の調査とどの程度乖離があり、それはなぜなのか。AIリサーチもそういう検証を行った上で実装する必要があります。
紙のアンケート調査からインターネット調査に変わった時、みんな最初はインターネット調査から出てきたアウトプットが正しいのかどうか、わからなかったのです。インターネットに夜な夜な接続し、アンケートモニターに登録しているような人は代表性がない、アーリーアダプターで偏っている、という見方もありました。
でも、早い・安い・大量にできるというインターネット調査の価値がわかり、インターネット利用者が増えるとともに普及していきました。AIリサーチでも、おそらく同じことが起きるだろうと思っています。私は当時、インターネット調査の結果を検証する側の人間だったので、仕組みやクセを理解してクライアントに説明できなければならなかったし、その過程で何を検証・説明できなければ人は納得しないのかも理解しました。その経験は大きいですね。
4. 過去調査を用いたAIリサーチ検証プログラム──参加の決め手と実証結果
数多くのAIベンダーが参入するなか、K&Iはパートナー選定に独自の基準を設けていました。「プロセスの科学性」と「説明できること」を重視する姿勢が、Laboro.AIとの検証プログラムにつながりました。
Q|今回、過去調査結果を用いたAIシミュレーション調査の検証プログラムにご参加いただきました。検証プログラムへの期待と、参加の決め手を教えてください。
A|ここまでお伝えしてきた通りK&Iのミッション・AIリサーチの必要性から、何らかの形でこうした検証はやらなければならないことは決まっていました。その時が来た、という感じで参加を決めています。
検証プログラムへの期待は、アカデミックな知見やAIだからこそ必要になる人間への理解を背景とした、結果に対する説明責任を果たすという点です。仕組みやプロセスを作り込む上で、論理的に説明できることは重要です。
2025年はAI関連のサービス、ツールを各社からのご提案いただく機会が多くありました。各社の話を聞く中で「誰とやるか」はとても重要だと思っていました。コンサル会社は入口から出口まで描いた提案がメインで、その筋書きに沿ったアウトプットになりやすい。調査会社はツール単体、作業の効率化をメインにした提案が多い。エンジニアが主体の会社だと技術寄りで、現場での活用が想像しづらい。Laboro.AIさんはちょうどよい立ち位置でいらして、お声がけ頂いたタイミングでJoinしました。
Q|実際に検証を行ってみて、結果の捉え方や社内の反応はいかがでしたか。
A|「未来リサーチ」を使った検証結果に対して、社内の関係者の間では「すごいね、これで十分じゃない?」という反応でした。「インプットデータが適切であるとか、プロンプトを正しく調整するといった、やるべきことをやれば、アウトプットはちゃんと出るんだな」という印象でした。
人間の調査結果に合わせたアウトプットを出せることが正解かどうかという議論はあります。ただ、AIシミュレーション調査の結果を使う人間が納得して活用するためには、少なくとも「人間の調査結果で有意差が出ている結果が、AIシミュレーション調査でも再現できている」という一定の法則があることは重要です。そのポイントをクリアした上で、さらに結果が一定の水準に収まるブレだったので、これは確からしい、使ってもよいという判断ができると感じました。AIが出した結果そのものより、結果を出すまでのプロセスが科学的であることに価値を感じました。
5. AIリサーチが変える意思決定とリサーチャーの未来
AIによるアイデア生成コストがほぼゼロになりつつある今、競争優位の源泉は「評価の精度」と「中立な設計者の存在」へとシフトしています。
Q|この先、AIリサーチによって、意思決定のあり方はどう変わっていくと思いますか。
A|まずAIによって大量にアウトプットされる「アイデア」を、適切に評価できるAI用の物差しが必要になると思います。現時点でも、AIで作った数多くのアイデアをAIで評価できないかという相談を受けることが増えています。
アイデアを作る側が、AIを使って数多く案を生み出せるようになるのであれば、次のプロセスに進むために、その中でどの案の筋がよく、誰にとってよいのかを評価する仕組みが必要です。評価対象が多くなりすぎると、すべてを人間の調査では評価できなくなる。また、どのような基準や指標をもってAIの案をAIが評価するかも重要です。最後は人が意思決定をするべきですが、その直感が活かされる最後の瞬間まではAIで行うことになると思います。
Q|AIリサーチによって、リサーチャーの役割はどのように変わっていくと思いますか。
A|他の職業で言われていることと同じで、専門スキルが必要な工程に時間を割けるようになっていくはずです。AIリサーチだからリサーチャーが要らないということにはなりません。むしろ、AIリサーチが広がるほどに、リサーチャーはより必要とされると思います。
セルフインタビューのプラットフォームに、対象者条件を入れるとすぐ対象者と話せるサービスがありますよね。それをリサーチと言うかという議論はさておき、商品開発の担当者やブランドマネージャーがその仕組みを使い、仮説がない状態でも何らかの基準で対象者を選び、自分が聞きたいことだけを聞く。確かにお客さまの声を聞いていますが、そこにインサイトがあるのかは疑問です。AIリサーチでも同じように、聞いたからもっともらしい答えが返って来た、そこにインサイトはあるのだろうか、ということが起きる可能性は高いです。
調査の精度という視点でいうと、中立な調査設計者が必要だと思います。AIによってAIリサーチやインタビューが民主化できる部分は大いにありつつも、調査設計が偏っていれば偏った結果しか出ない。しかもアウトプットはもっともらしい。AIリサーチでも、何をどう聞くかを設計するプロセスは重要で、リサーチャーの役割はそこの比重が大きくなっていくのだと思います。
また、企画からアウトプットまで1〜2か月かかっていた調査がAIリサーチによって高速化されることで、リサーチャーはより多くの調査を実施できるようになり、より多くの意思決定を支援できるようになるだろうと考えています。
まとめ
田中さまのインタビューを通じて浮かび上がってきたのは、「データは意思決定のためのツールである」という一貫した哲学でした。AIリサーチの”絶対的な正しさ”よりも”実務で使えるかどうか”を問い直し、「結果のプロセスが科学的であること」に価値を見出す姿勢は、これからのリサーチ実践者にとっての羅針盤となるでしょう。AIによるアイデア生成が無限に可能になる時代において、「評価の精度」と「中立な設計者の存在」こそがリサーチャーの価値であると、田中さまは明確に示しています。